今日本は空前のメタバースブームだけど、果たして本当にそれが希望している未来なのか?もっと地に足付いた戦略で、このメタバースが仕掛けられているんじゃないか?どこから考えたら収束する?なんて考えてみた。
※ただの素人目線の記事です。
はじめに
メタバースブームを読み解く
日本では、メタバースは、ゲームや新しい体験を連想させます。
メタバースと言えば、ゲームやエンタメ、仮想空間と現実とのマリアージュ、近未来のワクワクした世界を思い描きます。
経済的にどんな影響より、どんな楽しさが得られるかに関心があるようです。
体験か?
私も、御多分に漏れず、最初は、サマー・ウォーズや、シュガー・ラッシュのような、一つの空間にあらゆるエンターテイメントが繋がった世界(インターオペラビリティ)を価値創りの起点にしているのか、という仮説からスタートしました。
でも、儲からない。経済圏に莫大な影響をもたらすような破壊的な改革につながるととても思えませんでした。
それが主目的なら、高い技術的な協調が求められる割に、得られる価値があまりに小さい。
それと、エンタメなら、おそらくmetaでなくハリウッドが目を付けるでしょう。
儲けるため
じゃあなぜmetaが着目するんだろう。
より現実的な答えは「オンラインショップでの取引を増やす」でした。
考えられるアプローチ
認証基盤を技術基盤に持つmetaが、オンラインにおける単位時間あたり購入単価の増加に目を付けるという仮説は、他のどの仮説よりしっくりきました。そのルート上にmetaがあれば、より個人の情報が取れ、広告もより閲覧される可能性もあります。
実際、そのような視点で見られることはまだ少ないものの、オンラインで購入する速さを加速させ、商品の魅力をアップさせるとしたら、使えそうな技術はいくつかある。
その代表的なものは、「仮想空間の情報を現実化する(五感の復元)」「現実に仮想空間を混ぜる」の2つのアプローチです。
五感を復元する
オンライン上にある商品の購買を最後にためらわせるのは、それが自分に合っているかを最後に確認する五感情報が不足しているからです。
買ってみたけど服が小さい、バッグが大きい、靴が合わない、身体に合わない。
思ってた味とは違った、においが違った、感触と違った。
これらのミスマッチングから来る購買恐怖をいかに払拭するかが、これらの技術の発展にかかっているわけです。
これらを補う技術で、最近注目されているものはいくつかあります。
- 視覚:2次元から3次元、大きさの比較(ゾゾスーツなど)
- 味覚:電気ショックを与える食器
- 嗅覚:香料、他には…?
- 触覚:ハプティクス
- 聴覚:ステレオ技術、サラウンディング
視覚
視覚情報の拡張手段は、現実に仮想を混ぜる手法の方が有力かもしれませんが、
自分を基準にファッションを選ぶという意味では、ゾゾスーツのような現実世界の情報を仮想世界に反映させる技術があります。
味覚
味覚について、電気ショックを使ったカトラリーや食器が開発され始めています。
嗅覚
エステル結合などの化学的アプローチは確立した技術ですが、仮想的な嗅覚については、他の感覚器官の拡張に比べて、まだ情報が少ない状態です。
味覚の大半は嗅覚情報と言われていますので、もしかすると、将来は電気ショックで様々な嗅覚情報が作れるようになるのかもしれません。
触覚
実際にないものを触ったように感じられる技術は、最近開発が進んでいるようです。
身体障碍者、指や足のない方にも、触覚を感じさせる技術、また同じ技術で、遠くにあるものに触れる感覚を得られるもの。
聴覚
聴覚は、視覚と同様に開発されはじめている。認知心理学との連動。
metaは何を先見している?
では、metaは何を創ろうとしているか?
それは分かりません。
ただ、今流行りの分野に全集中は無いだろうと思いました。
- 仮想通貨
- ブロックチェーン
- NFT
コインは仮想通貨、購入品の権利はNFT、その保証はブロックチェーン、すでに分野として確立された技術を積極的に活用していく方向で検討すると思います。
理由は、これらは対抗技術が乱立する可能性が高いからです。metaも独自の仮想通貨に手を出していますが、metaが圧倒的シェア(デファクトスタンダード)を得られる技術分野でないと思います。
乱立する可能性があるものは乱立すると思われるためです。
この参考となる考えとしてWeb3があります。
Web3の具体的なビジョンは様々だが、いずれも様々な暗号通貨やNFTなどのブロックチェーン技術を基幹としている[2]。ブルームバーグは、Web3を「オンラインで行うほとんどすべてのことの内部構造に、トークンの形で金融資産を組み込む」アイデアだと説明している[16]。
(Wikipedia 「WEB3」)
metaが見る未来―貨幣価値がひっくりかえる瞬間
結局、metaや、シリコンバレーが危機感を持って見定めようとしている未来はどんなものなんだろう。
世界の指導者による抑止が効かないまま、人々の好奇心と熱意によって、ひそかに経済価値を崩壊させ、世界のルールをひっくりかえしてしまうもの。
それは新しい為替―ポイントと仮想通貨との1対1の交換の実現だと思いました。
リアルマネーを介さない、新しい為替の登場。
ではmetaが、この為替空間を牛耳るかというと、それも無いと思いました。
為替市場は、今しばらくは、需要と供給によって、人々の熱意と好奇心の赴くままに、統制が効かないまま作られていく可能性を持つからです(闇市みたいなもの)。
metaも、この新しい為替の仕組みに取り組むかもしれませんが、おそらくデファクトスタンダードにはなれないだろうと思います。
これも、乱立する可能性があるものは乱立します。
結局、これまで出たキーワードに、metaが新規開発をして得すると思える部分はありませんでした。そのため、おそらく現在の認証基盤を最大限活用した何かを考えているのだろうという、漠然とした予測しか立てられませんでした。
熱狂の火種―娯楽
さて、この新しい為替市場というターニングポイントに熱狂と好奇心を注ぎ込んで、寄与するのは何だろう?
私は、それが「ゲーム業界」をはじめとする、エンターテイメントだと思いました。
ただ、これまで考えてきた視点に照らした時、この新しいゲーム業界は、これまでのゲーム業界と少し質が異なるのように思いました。
ゲーム市場の未来
エンタメに関するこれまでのマーケティング戦略は、おそらく早々にも世界レベルでガラパゴス化してしまうように思いました(そう願っているわけではありませんが)。
ゲームはこれからも創られ続けますが、爆発的な価値は、ゲーム性それ自体でなく、もっと別の視点にある気がします。
では、それはいったい何だろう?
私は、おそらく以下の3点ではないかと思いました。
- SNS(体験の共有)
- タイムパフォーマンス
- 銀行化(ブランド化)
ここからは、完全に私の妄想の世界なので、ふーん、そんな考えの人もいるんだ程度に見ていただければと思います。
SNSとしての価値
ゲームは、価値の共有として価値を持ってきます。
これは、オンライン上の会話という意味ではありません。
ゲーム上で会話できなくても、より濃密な体験を共有できる場であればSNSとして機能するため、直接的な会話が生まれない場、たとえばオフラインの難しいゲームの攻略法でも、その共有そのものがSNSとして機能します。
タイムパフォーマンスとしての価値
ポイントと仮想通貨の直接の交換が行いたくなる理由は一つです。現金を扱わなくてよくなるからです。
現金は、それ自体は価値の引換券の意味しか持たないのに、すでに多くの先入観に支配されています。人はお金によって焦り、お金によって狂います。
仮想通貨はというと、今はまだ過渡期のため、そこまで失うことへの恐怖はありません(市場変動で荒稼ぎしようとしている人以外は)。それは生活基盤として現金があるからです。
同じく、それぞれのアプリやゲームで溜まる、あるいは課金したポイントも、現金のおまけと認識されるため、失ったところで現金ほどの恐怖は無いと思います。
しかし、仮想通貨とポイントが直接交換できるとどうなるか。
極端な話、アプリやゲームで費やした分だけポイントがたまるような仕組みがあれば、それは仕事に変わります。どうせ遊ぶなら利益が増す方がいい(タイムパフォーマンスに優れる)ということになります。
銀行としての価値
逆の発想もできます。
先ほどは、ポイントを仮想通貨に変えることで、流通価を高める発想でした。
逆に考えると、ブランド価値のあるアプリやゲームは、そこで得られる体験のため、人集めのハニーポットになります。
すると、そこで得られるポイントに相対的な価値が生まれます。
たとえば、100万人のユーザーを抱えるゲームは、100万人の市場になります。そのゲームのポイントは、100万人にとって相対的に大きい価値のあるポイントになります。
そして、もし、現金課金ほどの抵抗なく、仮想通貨、あるいはほかのポイントからそのゲーム空間へのポイントに変換ができてしまえば、そこにポイント間の流れができます。
これは現金が軸である限りは起きにくい現象です。
よりブランドのある空間がポイントを配る時、あるいはポイント獲得のルールに変更を加える時、そこに為替の変動が生まれます。
これは、ほとんど紙幣を刷る国家銀行と変わらない役目(責任)になります。しかも、その影響力が、いつ、ネット上のどこに生まれるかが分からない。
最後の壁―現実世界の法
この混乱は予想されている可能性があるため、各国はそれぞれ規制に向けて動き出しているものと思います。
ただし、人々の熱狂の渦が、いつ、どこで発生し、これらの技術が、いつ、どこで生まれるのか、これまで以上に予測できない世の中になりました。
ここまで到達するまでに、すごく時間がかかるかもしれないし、もしかしたら近い未来、そうなってしまうのかもしれません。
今のところ、アプリやゲームのポイントは、今のところ超国境的な存在―企業の倫理に委ねられています、各国の政府も、国家間でルール協定に手を出し切れていない状態ですが、企業もまた、その所属する国の法律との間で、葛藤しています。
さいごに
この仮説は、行き過ぎている部分があると思います。あくまで私の勝手な仮説です。
この記事で言いたかったことは、専門家の見解を待つのでなく、事の全容を知らないなりに、自分の見解を持っておく必要がある、ということでした。
繰り返しますが、この記事は、未来を確実に予想しようとするものでなく、私なりに予測を持っておこうというものです。この通りにならなかったからといって、責任を追求されても、私からは何も出ません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。